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東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)223号 判決 1965年7月15日

申立人 朴魯[木貞]

決  定

(申立人 氏名略)

右申立人に対する公正証書原本不実記載同行使、暴力行為等処罰に関する法律違反、威力業務妨害、恐喝未遂詐欺被告事件につき、押収された押収物に対し、検察官のなした還付に対する処分について、右代理人等から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理のうえ、次のとおり決定する。

主文

本件申立はいずれもこれを棄却する。

理由

一、本件申立の要旨

本件申立人はその申立の趣旨として、申立人に対する詐欺、威力業務妨害等被告事件について、検察事務官及び司法警察職員の押収した別紙目録記載の物件に対し、申立人のなした還付又は仮還付請求に対し、昭和四〇年四月一四日東京地方検察庁検察官飯島宏は別紙目録記載の物件について、本被告事件の公判係属中検察側の手許に留置し、還付又は仮還付しない旨の処分をなしたが、不服につき右処分の取消を求めるため準抗告に及ぶものである、とし、その申立の理由として、

(一)  昭和三九年六月一一日以降同年七月一八日に至る間押収された申立人所持にかゝる物件は千数百点(一点が一袋或は二十袋以上に及び、一袋の内容は百点以上であるから、正確に延計算すると数万点にもなる)にして膨大な数量に上り、被告人朴魯[木貞]等の経営する安田観光株式会社、安田開発興業株式会社、安田株式会社、安田建設株式会社、安田商事株式会社等各会社や個人関係の全帳簿類その他権利関係の書類一切に及んでいるため、その事業運営は押収と共に事実上累卵の状態に陥り、その被る打撃や従業員並に取引先に及ぼす損害は甚大且つ容易に回復することのできない結果を招来しつゝある実情等を具し、昭和三九年九月七日以来再三に亘つて還付又は仮還付の請求を為し、一部の仮還付を受けたが未だ基本的帳簿や重要な権利関係の書面、株券等の還付又は仮還付が為されず、債権、債務の存否やその取立、支払の各期日の不知等から各会社の業務運営上、税務署に対する所得の申告上或は各種民事訴訟(東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第七八二七号、(モ)第一、三三七五号原告さくらタクシー株式会社外五名、被告安田観光株式会社被告補助参加人安田英二外四名間定時株主総会決議不存在確認事件、同裁判所昭和三八年(ヨ)第二〇二三号債権者さくらタクシー株式会社、債務者安田英二外五名間職務執行停止、代行者選任仮処分申請事件、同裁判所昭和三九年(モ)第二〇七五〇号申立人安田英二外四名、被申立人さくらタクシー株式会社間事情変更による仮処分命令取消申立事件等)の遂行上、被る損害や不利益、不便は想像に余るものがあるばかりでなく、申立人及び弁護人をして本被告事件の訴訟準備を事実上不可能ならしめているものなるところ、昭和四〇年四月一四日に至り、東京地方検察庁特捜部検察官飯島宏は、現在検察官の手許に留置されている別紙押収品目録記載の物件は(小型トラツク一台分)は目下のところ公判に於て証拠取調請求をする予定はないが、右被告事件の審判の過程に於て或は証拠取調べ請求を為す必要が発生するやも測り知れないからとの理由の下に、何れも留置の必要ありとして、これが還付又は仮還付をしない旨の処分を為した。

(二)  刑事訴訟法第二二二条の規定に依り準用される同法第一二三条の規定に依れば、押収物で「留置の必要がないもの」は、被告事件の終結を待たないで還付又は仮還付しなければならないことになつており、刑事訴訟規則第一七八条の一一規定に依れば、検察官は公訴提起後は押収物件について被告人及び弁護人が訴訟の準備をするにあたりなるべくこれが利用のできるようにするため刑事訴訟法第二二二条の規定により準用される同法第一二三条の規定の活用によつて押収物の還付又は仮還付をするよう考慮しなければならないことになつているが、こゝに「留置の必要性」の有無は、被疑事件として捜査段階においては、専ら犯罪捜査の見地から、又被告事件として裁判所に係属している段階においては、特別の事由のない限り、公訴維持のため当該被告事件の立証上必要であるか否か、換言すれば、公判に於て証拠取調請求をする予定のものか否かの見地から夫々判断すべきものであるところ、飯島宏検察官の所謂「被告事件の審判の過程に於て或は証拠取調請求を為す必要が発生するやも測り知れないもの」は、証拠取調請求を為すべき具体的蓋然性のないものというべく、従つて「留置の必要」ある場合には該当しないと解すべきである。蓋し前記各規定は、いかに刑事事件の審判とはいえ、官権主義に偏するのを排し、必要以上に人の権利を害すべきでないという立法趣旨から出たものであるから、これが各規定の解釈にあたつては検察官の立場のみならず、被告人及び弁護人乃至押収物件関係者の立場をも公平に考慮すべきであり、且つ仮還付を受けた者は保管義務を有し、下命あるときは何時にても仮還付物件を裁判所又は検察官に提出すべき義務があるのであるから、万一審判の過程に於て証拠取調請求を為す必要が生じた場合はこの方法に依つてもその目的を充分に達し得るからである。

のみならず、本被告事件は東京地方裁判所刑事第九部の合議部に係属し、昭和三九年八月二八日以来今日迄五回に亘る公判準備手続を経て、昭和四〇年四月二七日に最終の準備手続が行われた上公判期日が決定された段階に到達しており、検察官側は押収の当初より一〇ヶ月余り、最終の追起訴(昭和三九年八月八日)より八ヶ月余りを費して押収物件を充分検討した上、最近に至り初めて前記のとおり証拠物として公判に於て取調請求することを内定したものであるから、その余の押収物件である別紙押収品目録記載の物件は証拠取調請求のため留置するの必要なきものとして申立人の請求に応じ、遅滞なく還付又は仮還付すべきものと謂わなければならない。

(三)  加之、押収物件中公判に於て検察官が証拠取調請求をする予定の数点については己むを得ないとしても、その余の押収物件即ち別紙押収品目録記載の物件はその数量小型トラツク一台分(数万点)に昇り、前記のように各会社や個人関係の基本的な帳簿重要な権利関係その他の書類であるので、業務運営上債権債務の整理(債務額及び未払額等不明の為め債権者等に対し、多大の迷惑を及ぼしているのみならず、止むなく裁判沙汰になることによつて無駄な経費を消費することゝなり、或は取引上に於て信用を失墜し、経済活動上大なる損失を受けている)は勿論のこと、ニユーギンザビル増築関係書類も留置されているため右増築工事(現在工事中)に重大な支障を来している実情である。税務署に対する所得の申告上(所得税の不申告により税務署に於ては一方的に査定し、数億円の課税を為すと云い、のみならず不申告による重加算税も数千万円に昇る可能性があると云い、全く手のつけようもないのが現状である。)竝に各種民事訴訟の遂行上重大な支障と甚大な損害を被つているばかりでなく(前記一参照)本被告事件の弁護上公判に於て証拠取調請求すべき物件を充分に検討した上選択することが出来ない実情であり、(かゝる尨大な数量の書類である押収物件を閲覧又は謄写(数万点)によつて弁護上の証拠として取捨選択するには長期の日時、労力並に費用を要するのみならず、昭和四〇年四月二〇日午後一時本件被告人等弁護人高橋真清が押収物件を閲覧する際被告人朴魯[木貞]を同伴し、弁護上必要なもの並に各会社の業務運営上緊急に必要なものを選択して、これが謄写を為さしめんとしたが、検察官は弁護人の閲覧に被告人の同伴すら許さなかつた次第である。)かくしては平等な当事者主義の基盤の上で本被告事件の審理を尽することも期待できないものと謂わなければならない。

(四)  以上の理由により、現在検察官の手許に留置されている押収物件中公判提出証拠として内定しているものを除く、その余の別紙押収品目録記載の物件は即時還付又は仮還付せらるべきものと思料するから、検察官の還付又は仮還付しない旨の前記処分は承服し難く、こゝにこれが取消を求めるため刑事訴訟法第四三〇条の規定により準抗告に及んだ次第である。と申立てた。

二、当裁判所の判断

(一)  取寄せにかゝる資料によれば、別紙目録記載の押収品目録中の一貫番号

1乃至107、113乃至128、130乃至157、162乃至181、199乃至216、220乃至231の各物件は昭和三九年六月一〇日、

東京簡易裁判所裁判官堀義次が、

111、112の物件は同年六月一一日同裁判所裁判官沼越正己が、

182乃至198の各物件は前同日、同裁判所裁判官杉山忠雄が、

217乃至219の各物件は同年六月一三日、

234乃至241の各物件は同年六月一七日、いずれも同裁判所裁判官伊藤香象が、

363乃至540の各物件は同年五月二六日、同裁判所裁判官中井久二が、

いずれも検察官又は司法警察員の請求により発した捜索差押許可状により、

232、233、242乃至248の各物件は、前記裁判官堀義次の発付した通常逮捕状の執行に際して、

268の物件は中本としの、

108乃至110、270の各物件は佐々木勝男の、

129の物件は外村繁雄の、

158乃至161、258乃至266の各物件は尾関幸雄の、

267、558乃至567の各物件は湯浅成松の、

249乃至257の各物件は小林澄男の、

269の物件は中村雅彦の、

271の物件は荒島初友の、

272、273の物件は湯本よね子の、

274乃至311、359乃至362の各物件は菅井謙次郎の、

312乃至358、543乃至557の各物件は李成松の、

541、542の物件は尾関テル子の、各任意提出により、以上の各物件はそれぞれ押収されたことを認めることができるが、別紙押収品目録中の備考欄にレ印のある物件及び一貫番号16、17、20、21、36の各物件の一部は既に差出人又は所有者に還付又は仮還付済であり、同目録中の備考欄に◎印のある物件については還付の処分がなされており、同目録中の備考欄に印のない物件、△印のある物件及び一貫番号16、17、20、21、36の各物件の一部は現在押収され留置が継続中であることが認められる。

(二)  先ず検察官は、本件準抗告申立は未だ検察官の押収物の還付に関する処分がないのであるし、押収手続には何ら違法はないのであるから、準抗告の対象を欠くものであり、この点において、不適法な申立であると主張する。なるほど還付又は仮還付請求却下処分の取消を求める請求については、その前提として右却下処分の存在が一応問題となる。そして一件記録中にも申立人の還付又は仮還付請求書の存在乃至口頭による還付請求又は仮還付請求を受理した旨の記載、又右に対する検察官の明白なる却下処分の存在も認めることはできないが、本件申立書及び意見書の記載によれば、本件押収物の還付に関しては、申立人代理人と検察官の間において、しばしば交渉が持たれ本件押収物の約三分の二ほどの物件が還付又は仮還付なされ、その余は検察官において公訴維持のため必要であるとの意思表示がなされていることが認められる。かゝる意思表示は公判継続中であつても、若し留置の必要がなくなつた場合は申立の有無に拘らず還付又は仮還付をするとの検察官の善意に出たものと認めることはできるが、少くとも将来はともあれ、現在留置が継続中の本件押収物件については、申立人代理人の口頭による還付又は仮還付の請求があり、これに対し、検察官は一先ず右請求を却下したものと認めるのが相当である。又還付については刑事訴訟法第一二三条第一項及び第一二四条第一項には押収者に一定の要件のもとにその還付すべき義務を果しているだけであつて、申立権を規定していないので、申立人に対して検察官は現実の取扱としても明確な挨拶をしていないのが実状であるから、同法第四三〇条により、押収物の還付又は仮還付の目的を達しようとする場合、その申立の要件として必ず検察官の明示の却下処分という過程を経なければならないとすれば現実には殆どこのような申立はできないことゝなる。従つて少くとも現実に還付又は仮還付の申立があり、相当の期間現実に還付又は仮還付がなされなかつた場合にはその理由はともあれ、検察官のその不作為は押収物の還付に関する却下処分として同法第四三〇条による不服申立の対象とすることができると解すべきである。よつて右検察官の主張は理由がない。

(三)  そこで進んで還付又は仮還付の当否を検討するに、そもそも差押は物の占有の取得を目的とする強制処分であり、相手方の財産権を侵害するものであるから、憲法第三五条は捜査機関が差押をなすには押収物を明示する司法官憲の令状に基くことを要求し、刑事訴訟法第二一九条は捜索差押許可状には被疑者の氏名、罪名は勿論のこと差押えるべき物を記載しなければならないとしている。法が右令状に押収すべき物の明示を要求する理由は、被疑者の氏名及び罪名の記載と相まつて、特定の被疑事件について捜査機関に附与すべき差押の範囲を明かにすると共に、一方捜査機関が差押権限を濫用し、権限外の物件を差押えることのないことを期しているのである。しかし令状中に差押物件を明示するには、差押えるべき物を一々個別的にその名称特質等を具体的に列記するのが法の理想とするところであるが、捜査の実際においては、そのような厳格な記載を要求することは不可能な場合もあり、かりに然らずとするも、これを要求することにより、捜査の目的を十分達し得なくなる場合もあり得るから、抽象的な説明を附加することにより、差押物件を概括的に記載することも止むを得ない方法として許さるべきものといわなければならない。然しながらもし捜査機関においてこの差押物件の概括的記載を利用し、附与された差押権限を濫用し権限外の物まで不法に差押えた場合においては、違法違憲の問題の生ずる余地は十分あり得るし、その場合相手方は直ちに異議をのべ、または刑事訴訟法第四三〇条により裁判所に対し違法な差押処分の取消、押収物の還付の請求ができることは云うまでもない。

(四)  次に既に還付又は仮還付されている本件押収物件につき考察する。ところで前記東京簡易裁判所裁判官の発した各令状の中には差押すべき物件の表示には「被疑者が現に関係し又はかつて関係した各種会社並びに被疑者等関係人の営業及び経理関係帳簿類、決算並びに申告関係書類、有価証券、預金通帳、預金証書、印鑑、往復文書、メモ等其の他本件に関係ありと認められる物件」などとなつており、差押物件の特定に関しては前記の所謂抽象的概括的記載となつているが、それはあくまでも例示によつて特定される物件であり、例示から類推できる物の範囲は相当に限定的でなければならない。従つて捜査機関はその令状の趣旨を理解し差押の権限を逸脱しその濫用に陥らないよう、細心の注意を払うべきであることは論ずるまでもない。差押の現場においては当該事件と関連あり、しかも留置の必要ある物件に限り迅速に差押をなすべきであり、もし現場においてその関連性又は必要性の判別が困難であるからの理由のもとに一先ず差押えてから後にその関連性と留置の必要性を検討し然らざるものを還付又は仮還付するという方法は一般的探索的な捜索を認めることであつて、令状主義そのものゝ本旨が没却されることゝなる。本件において差押された物件は、昭和三九年六月一一日以降同年七月一八日に至る間押収された申立人或いは同人の経営する会社その他本件関係人の所有に属する物件であり、その数は千数百点(その中には一点が一袋とか一括とかの記載あり、内容物件の明示を欠く押収は場合によつては違法となる)にして膨大な数量(小型トラツク一台分)に上り、申立人の経営する安田観光株式会社、安田開発興業株式会社、安田建設株式会社、安田商事株式会社等各会社や個人関係の帳簿類その他権利関係書類に及んでいるため、関係人の事業運営に及ぼす影響並びに取引先等の被る損害は容易に予想できるにも拘らず、本件押収物件は前述のごとき捜索差押許可状の所謂抽象的概括的記載に基いた関係物件の一括差押の観なきを得ない。即ち検察官もその意見書にも認めているごとく本件と関連のない被告人朴魯[木貞]の財産、業務関係書類、株券等多数含んでいたこと及び押収された物件はその後約一年間にその八〇パーセントが還付又は仮還付(昭和四〇年六月一五日現在六六九点を一三回に亘り仮還付)されている点或は又本件押収物件中には不起訴処分事件の押収物など含まれている点などを考察するとき、検察官は、還付又は仮還付されている本件押収物件については不当に本件に関係なき又は留置の必要なき物件を多数差押え、その権限を逸脱して長期間押収を継続していたものであることが認められる。即ちその物件に関する限り押収処分は違法であり、直ちに還付すべきものであつたと考えられる。そこで若し違法とするならば、既に仮還付の物件を還付すべきか否かの問題も生ずるが、その点に関する申立人の請求はなく、又急を要する準抗告の裁判としては職権により、そこまで立入る要なきものと認め、既に仮還付されている物件及び別紙目録中の一貫番号558乃至567の各物件については既に還付の処分がなされているので以上の各物件については本件申立はこれを求める実益がなくなつていると認められる。よつて別紙押収品目録中の一貫番号10、11、13、15、43、50、59、67、137、140乃至148、150乃至156、210、216、222、231、272、273、292、299、310、311、315、318、320、328、331乃至333、359乃至542、556、557、558乃至567の各物件及び同番号16、17、20、21、36の各物件中既に仮還付になつている物件については申立の理由がない。よつて刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項によりこれを棄却する。

(五)  次に現在押収中であり、留置が継続中の各物件につき、申立代理人の主張するごとく還付又は仮還付すべきものか否かの点につき検討する。刑事訴訟法第二二二条第一二三条によれば、押収物を留置した捜査機関はその留置の必要がなくなつたものは被告事件の終結を待たないで決定でこれを還付しなければならないし、留置の必要がある場合にも所持者保管者又は差出人の請求により決定で仮に還付することができることになつている。これは前述のごとく物の占有を取得する差押という強制処分が相手方の財産権を侵害する場合が多いからである。こゝに「留置の必要性」の有無は、被疑事件として犯罪捜査の見地から、被告事件としては公訴維持のため当該事件の立証上必要であるか否かの立場より判断すべきであり、仮還付はその押収物件は留置の必要性が全然なくなつたわけではなく押収処分を継続しておく必要ありとするも、その反面当該物件の留置により蒙る個人の物的損害又は迷惑、不便等を考慮して仮に所持者等に還付する処分であり、それは一次的には捜査機関又は原告官としての立証責任を負う検察官の判断に委ねるべきではあるが、それは恣意的のものであつてはならない。犯罪捜査或いは公訴維持という公共的必要性と留置の継続による蒙る個人の権利侵害とを如何に調和させるかという憲法上の要請より慎重に判断されなければならない。而してそこに留置の必要性或いは仮に還付すべきか否かの判断に客観的にみて合理的妥当性が認められるならば、その捜査機関の押収物に関する処分は適法と認めることができると云うべきである。

取寄にかゝる捜査記録、検察官提出の意見書及び東京地方検察庁検察官検事飯島宏及び同松藤滋の取調の結果によれば、本件被告事件は申立人を含めて被告人は一四名に及び申立人はその首謀者であり、株式会社の経営をめぐる特殊な而も周到細密な計画の下に行なわれた複雑な事案であり、申立人の性格、行状等を考慮するとき、検察官の立証も広範囲、多岐に亘り、多数の証人、多量の証拠物の取調を必要とすることが予想され、公判における争点が明確にされておらず、又現在押収継続中の物件の中には多数のメモ、雑書類等があり、仮還付には不適当と思われるものが存在することも認められる。更に検察官は第一回公判において申請することを確定した物件以外の全押収物について、申立人及び弁護人等に閲覧謄写の機会を与えており、すでに弁護人は全押収物につき閲覧を了し且つ一部押収物の謄写も行なつており、押収物件の留置継続のため公判の防禦、反証準備に支障を来たすことも考えられない。なお検察官は弁護人に対し、関連民事事件につき押収物件中、本証として提出すべき必要がある場合は仮還付する旨連絡済であり、更に又別紙目録中△印の物件については申立人が実体上の権利者でないことも認められる。以上の諸点を考慮するとき公訴を維持し、裁判所に法の正当なる適用を要求することを使命とする検察官としては裁判の適正と万全を期するため現在留置を継続している各物件についてなした検察官の処分は現段階においてはその判断に客観的合理的妥当性を認めることができ、その処分は適法と認めることができる。従つて別紙押収品目録中の一貫番号1乃至9、12、14、18、19、22乃至35、37乃至42、44乃至49、51乃至58、60乃至66、68乃至136、138、139、149、157乃至209、211乃至215、217乃至221、223乃至230、232乃至271、274乃至291、293乃至298、300乃至309、312乃至314、316、317、319、321乃至327、329、330、334乃至358、543乃至555並びに16中の「安田観光株式会社株主各員宛定時総会後の対策について」と題する昭和三八年九月付のパンフレツト一部、17中の安田地所から安田建設への営業譲渡契約書外六点、20中の「八丁園関係書類綴外七点」八袋、21中の雑書類五袋、36中の「株式名義書替メモ等」一一袋の物件に関する検察官の押収物還付に関する処分には何等違法の点は認められないので、その取消を求める本件申立は理由なく、刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項により、これを棄却する。

以上要するに本件申立はいずれもその理由がないので主文のとおり決定する。

(裁判官 神崎敬直)

押収品目録(略)

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